武夷肉桂を一度でも飲んだことがある人は、あの香りの印象をなかなか忘れられないだろう。水仙の蘭花香のような静かな奥ゆかしさとは異なり、識別度の高い刺激的な香りを持つ——桂皮に例える人もいれば、乳香に感じる人もいる。品質の良い肉桂は、温かみのある果花の気息さえ漂わせることがある。この香りがどこから来るのか、そしてどのような製茶条件があってこそ完全に引き出されるのか。肉桂を知るうえで避けて通れない問いである。
肉桂は武夷山の現代岩茶の中でも新貴と称される品種で、清代にはすでに武夷の名叢のひとつとして知られており、その香気の高さで際立っていた。茶樹の形態はなかなか個性的で、枝条は上方へ伸び、やや広がりを見せる。枝葉は密で、葉は厚くて脆く、濃い緑色をしている。葉面は滑らかで、葉縁が内側に巻いて筒状になり、葉形は楕円、葉脈は細くて目立たない。
葉の形だけでも肉桂の個性が伝わってくる。葉縁が内側に巻いた筒状の構造は、生育過程で外部環境との接触の仕方を他の品種と異なるものにし、葉内の成分の蓄積にも一定の影響をもたらす。その蓄積が、最終的に成茶のあの独特な桂皮香となって現れる。
成品茶の外形は緊結し、色沢は青褐で鮮やかな潤いがある。品質の良いものには明確な乳香が伴い、湯色は澄んだ橙黄色で、葉底は黄色く明るく、紅点が鮮やかだ。ただし品茶者が知っておくべき特徴がある。肉桂はあまり耐沖出ではない。最初の数沖で香気が強く発揮される一方、後半になると比較的早く退いていく。耐泡性の高い水仙とは対照的な個性を持っている。
肉桂の香気がこれほど際立つのは、做青から炒青にかけての変化と深く関係している。
肉桂の製茶には、他の品種にはない重要な要求がある。「一路香」と呼ばれるものだ。做青が始まってから炒青が終わるまで、肉桂は工程を通じて常に香気を漂わせ続けなければならない。そしてその香気は、工程の進行とともに最初の清香からしだいに果花香へと変化していくべきとされる。途中でいずれかの段階において香気が途切れたり弱まったりすれば、品種本来の天然香気の発揮が妨げられたことを意味し、成茶の品質も期待される水準に届かない。
この「一路香」という要求は、茶師の判断力に高い水準を求める。做青の温度、湿度、搖青の回数と力加減、それぞれの変数が香気の連続性に影響しうる。做青の温度が高すぎると肉桂の香気が早々に揮発してしまい、炒青の段階にはほとんど残らない。低すぎると香気が十分に引き出されず、成茶は平板な印象になる。全工程にわたって、茶師は経験を判断の拠りどころとしながら、刻々と変化する環境に対応し続けなければならない。それによってはじめて、肉桂の天然香気はこの旅を完全に歩み切ることができる。
做青が終われば、炒青の火加減もまた肉桂の最終的な香気表現を左右する。
肉桂は葉が厚く含水量も比較的高いため、炒青には酵素活性を効果的に壊して発酵を止めるだけの十分な温度が必要だ。火力が足りなければ残留する発酵作用が香気を濁らせ、桂皮香の純粋さも損なわれる。しかし火力が強すぎると、高温の中で香気が急速に飛んでしまい、茶湯に残る香りも長続きしない。
焙火の段階も肉桂にとっては試練である。香気を最大の特長とする肉桂にとって、焙火の深浅は最終的な香気の方向性を直接決定する。軽い焙火では桂皮香が清らかに立ち上り、飲み口にある種の刺激感がある。適度な中焙火では香気が清から醇へと転じ、乳香感がより際立ち、茶湯の滋味も丸みを帯びてくる。焙火が深すぎると茶湯に厚みは出るものの、肉桂本来の繊細な香型が覆われ、桂皮香の識別感が失われてしまう。
肉桂が武夷岩茶の中で新貴と呼ばれるのは、香気の突出した個性だけでなく、岩韻の表現もまた明確だからだ。滋味は醇厚で、回甘にはわずかな刺激感が伴い、飲み込んだ後に温かく持続する感覚がある。この刺激は不快な渋みではなく、むしろ意識を呼び覚ますような勁さであり、品飲の後に気持ちが引き締まるような感覚をもたらす。
肉桂を飲むとき、最も注目したいのは香気の変化の層である。第一沖の桂皮香が最も鮮明で強く、第二沖からしだいに果香や乳香へと移り変わり、第三沖においてもなお余香があれば、それは品質の高い肉桂の証しだ。香気の強さよりも香気の持続度のほうが、一杯の茶の底力をより正直に語っている。
肉桂の桂皮香は、品種の天賦、生育環境、そして製茶工程の三つが重なり合った結果である。そのうちのひとつでも欠ければ、あの忘れがたい香りはぼんやりとしか現れない。この品種を知るとは、その味を覚えることだけではなく、一杯の茶が山の岩峰から茶杯へと至る旅の全体を理解することでもある。
