台湾茶の数ある品種の中で、ひときわ異彩を放つのが金萱茶です。初めて金萱茶を口にした時、多くの人を驚かせるのはその甘醇な味わい以上に――ふわりと漂うミルク香。そして温度が下がった時に立ちのぼる明確な蔗糖香です。
この伝統茶には存在しなかった香気は、どのように生まれたのでしょうか?なぜ温度で香りが変わるのでしょうか?そして「台茶12号」という新品種は、どのようにして台湾茶業に香りの革命をもたらしたのでしょうか?
台茶12号の誕生:科学育種が生んだ“偶然の贈り物”
金萱茶の正式名は「台茶12号」。これは台湾茶葉改良場が1980年代に品種改良を進める中で誕生しました。当時は青心烏龍など伝統品種が主流で、品種多様化が求められていました。
金萱は交配育種により誕生。親株の優良形質を継承しつつ、偶然にも「ミルク香」という革新的特徴を獲得しました。実はこの香りは育種目標ではなく、副産物的に現れた特性。しかしそれこそが市場での大成功をもたらしたのです。
- 樹形:横張り、中生種。光をよく受け、収穫タイミングも柔軟。
- 栽培性:高い適応性と安定性を持ち、大規模生産に適する。
ミルク香の科学:萜烯類化合物の絶妙な配合
金萱のミルク香は、萜烯類や内酯類化合物の特殊なバランスによるものと考えられています。これらは脂肪酸エステル類と相まって、乳製品を想起させる柔らかな香りを生みます。
さらに金萱の香りは「花香+ミルク香」という複合型。茶本来の花香にミルク様の甘さが重なり、他にない個性を形成します。この特徴が安定的に遺伝することから、金萱の代名詞となったのです。
蔗糖香の謎:低温で起こる香気の変身
金萱最大の不思議は、低温になると蔗糖香が立ち上がる点です。
これは香気分子の揮発特性に由来します。
- 高温時(85~90℃):花香とミルク香が主導。
- 低温時(40~50℃):甘香成分(糖様の揮発物)が強調され、蔗糖香として知覚される。
この変化は糖配糖体の加水分解や温度依存的な揮発速度の違いによるもので、飲む温度で香りが移り変わる“ドラマ”を演出します。
松柏長青茶区における金萱:大規模栽培の証明
南投県名間郷の松柏長青茶区では、金萱は主要4品種のひとつ。
- 栽培面積:2,500ヘクタール
- 年産量:8,000トン超
この大規模導入は、金萱が安定した品質と収量を両立できる証明です。市場と生産者双方から高評価を得て「台湾茶の採購天堂」における主力品種となりました。
市場革命:消費者を魅了した“ミルク香効果”
金萱登場以前、台湾茶の香りは花香・果香が中心でした。ミルク香という新感覚は、茶に馴染みの薄い層にとって親しみやすく、消費門戸を広げる効果を持ちました。
特に若年層に人気を博し、台湾茶のファン層を拡大。金萱は「入門茶」としての役割を担い、市場の多様化を加速させました。
味わいの調和:甘醇と微苦甘
- 滋味:甘醇で醇厚。
- 余韻:わずかな苦甘を残し、バランスを保つ。
これは茶多酚・アミノ酸・糖類のバランスによるもの。香りだけでなく、飲み心地の滑らかさも金萱の魅力です。
品飲ガイド:金萱を堪能するために
- 湯温:85~90℃で淹れると香気が最適。
- 温度差を楽しむ:高温では花香+ミルク香、冷めると蔗糖香へ移行。
- 比較試飲:青心烏龍や翠玉と飲み比べると個性が際立つ。
結論:ミルク香伝説の現代的意義
金萱茶(台茶12号)は、科学育種と市場ニーズが生んだ“香りの革命児”。
その物語は、伝統と革新の調和を示しています。
- 伝統:茶としての基本品質を堅持。
- 革新:ミルク香と蔗糖香で新たな消費層を開拓。
金萱の成功は、台湾茶が未来に向けて進化し続ける可能性を示しています。私たちが金萱を飲むとき、味わっているのは単なる香気ではなく――台湾茶業の挑戦と革新の精神なのです。