なぜ同じ茶産地であっても、時代によって全く異なる風味が生まれるのか。なぜある時期の凍頂烏龍は濃厚で重厚なのに、別の時期は清らかで淡雅な仕上がりになるのか。その答えは意外なところにある。——実は一人の審査員の嗜好が、何千人もの茶農の製茶方向を左右し、結果的に消費者の茶杯に注がれる茶湯の風味を変えてきたのである。

台湾茶業史においてあまり知られていないが深い影響を持つ現象として、「品評会の主審の嗜好が製茶技術の変化を直接牽引する」という事実がある。1976年から1999年にかけて、鹿谷郷の凍頂烏龍茶品評会は三世代の主審交代を経験し、そのたびごとに風味が微妙に変化していった。まさに台湾烏龍茶史に刻まれる「嗜好地図」と言える。

一人の審査員の嗜好がどのようにして産業全体の方向を決めるのか。三代の主審はそれぞれどんな革新をもたらしたのか。その背後に隠れた茶杯の「権力ゲーム」を探ってみよう。


第一世代の舵取り:呉振鐸の威権時代(1976-1985)

1976年春茶展から1985年冬茶展まで、台湾省茶葉改良場の場長・呉振鐸が鹿谷郷の凍頂烏龍茶品評会の主審を務めた。これは制度が確立した初期であり、彼の評価は公式の品質基準そのものと見なされていた。

呉振鐸の時代、凍頂烏龍は伝統的な「重発酵」路線を歩み、茶湯は琥珀色で濃厚かつ甘醇、熟果香や蜜香を強く帯びていた。茶農たちは彼の嗜好に合わせ、萎凋を長めに取り、発酵を深く進め、焙火も時間を延ばすことで「紅水烏龍」という典型的スタイルを確立した。

この製茶スタイルは凍頂烏龍の地位を台湾茶業に定着させると同時に、後の高山烏龍茶の技術的基盤ともなった。


第二世代の革新者:何信鳳の専門化時代(1986-1999)

1986年春から、魚池分場の場長・何信鳳が主審を務めた。彼は技術的細部と品質安定性に重点を置き、13年もの長期にわたって審査を担当した。

この時代は台湾茶業が大きな転換期を迎えた時期でもある。1980年代後半には高山烏龍が台頭し、消費者の嗜好も重発酵から軽発酵の清香型へと変わりつつあった。何信鳳はこの流れを敏感に捉え、評価基準を調整した。

結果として、凍頂烏龍はやや発酵を軽くし、香気をより重視する方向へ。得賞茶は「香と醇の調和」を特徴とし、伝統の厚みを保ちつつ清らかな香りを持つようになった。また彼は標準化された審査法を整備し、客観性と一貫性を確保。これにより茶農は明確な品質目標を持つことができた。


第三世代の継承者:郭寬福の在地化時代(1999-現在)

1999年からは凍頂工作站主任・郭寬福が主審を務めている。彼は凍頂の土壌や気候、品種に深く精通し、まさに「在地化」の専門性を持つ審査員である。

彼の課題は、高山茶が市場で強勢を誇るなかで、凍頂烏龍の独自性をどう維持するかだった。その答えは「山頭気」と「品種香」の強調である。郭寬福の指導により、茶農は軟枝烏龍品種の特性を活かし、製茶過程をより精緻に制御するようになった。凍頂茶は香り・滋味ともにより繊細に、外観や湯色までも洗練されるようになった。

さらに彼は保存技術の重要性を認識し、真空充填や脱酸素剤を導入。これにより品質の安定性が飛躍的に高まり、販売の柔軟性も増した。


評審権力の隠れた影響力

三代の交代は、審査員の嗜好がいかに製茶全体に影響するかを示している。

  • 得賞茶が基準となる:茶農は成功例を模倣し、風潮を形成する。
  • 市場価格への直結:入賞茶は高値で取引され、ブランド価値を高める。
  • 投資方向の決定:審査基準が特定の工程を重視すれば、その分野の設備・技術投資が進む。

こうした仕組みは、産業全体の進化を促す装置として機能した。


風味変遷の歴史的軌跡

三世代を整理すると以下の通りである。

  • 呉振鐸時代:重発酵・深焙火、醇厚と甘韻を追求、「紅水烏龍」の典型を確立。
  • 何信鳳時代:軽発酵傾向へ、「香と醇の調和」、科学的審査法の整備。
  • 郭寬福時代:精緻化と品種特色の重視、在地性と保存技術の強化。

風味の変遷は審査員個人の嗜好だけでなく、時代の市場挑戦や機会を映し出している。


消費者の見えない参加

審査員の嗜好は強い影響力を持つが、最終的には市場が試金石となる。消費者の反応や販売実績は、茶農や審査体制にフィードバックされ、バランスを取る調整機能となった。このため、審査基準は完全に主観的になることなく、市場ニーズと折り合いながら発展したのである。


結論:権威・専門性・市場の三角関係

「主審嗜好連動製茶」という現象は、台湾茶業がいかに制度と専門性、市場の三者の力によって形作られてきたかを物語る。三世代の主審の歩みは、技術と風味の進化が市場の自然な結果だけではなく、制度設計と専門判断が織りなす歴史であることを示している。

一杯の凍頂烏龍を味わうとき、そこには茶農の技術だけでなく、三代審査員の知恵が込められている。その風味は、審査員と茶農、伝統と革新、嗜好と市場が交錯する複雑な物語を湛えている。
この「権威が風味を形づくる」仕組みこそが、台湾茶業が世界の競争の中で常に活力を保ち続ける理由のひとつである。

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