台湾の茶業において、全国生産量の40%以上を担いながらも、阿里山や凍頂ほど名を知られていない場所があります。それが南投県名間郷の松柏嶺台地です。総統の一言で運命が変わり、「台湾茶葉の調達天国」と呼ばれる産業拠点となった地域です。

1975年1月19日、当時の行政院長・蔣経国氏が松柏嶺を視察し、その香り高い茶葉の品質を絶賛。その場で「松柏嶺長青茶」と命名しました。かつて「埔中茶」や「埔中奇種」と呼ばれた茶葉は、台湾最大の茶産地へと歩みを進めたのです。

政治家の一言から、年間8,000トンを誇る茶業王国へ。松柏長青茶はいかにして数十年で華麗な転身を遂げたのか。その物語を探ります。


地理的優位:濁水渓流域の茶宝庫

名間郷は濁水渓の北岸、八卦山脈の南端に位置します。一見普通の立地ですが、豊かな水源と肥沃な土壌、適切な傾斜と排水性が揃い、茶の生育に最適な環境を備えています。

高山茶区のように標高1,000メートル以上ではなく、比較的低い標高がむしろ強みとなり、安定した気候で高収量を維持しながら品質も優れています。

この「量と質の両立」が松柏長青茶を台湾最大の茶産地に育てました。


多品種戦略:4大品種の調和

松柏長青茶の成功は、多様な品種の栽培戦略にあります。現在、青心烏龍・金萱・翠玉・四季春の4種が主に栽培され、それぞれに独自の風味と市場価値があります。

  • 青心烏龍:晩生種。甘醇でジャスミンやキンモクセイを思わせる上品な香り。
  • 金萱(台茶12号):独特のミルク香で人気。花香とバター香を併せ持ち、低温ではサトウキビのような甘みが出る。
  • 翠玉(台茶13号):直立型。濃厚な味わいで、野姜花に似た花香を持つ。
  • 四季春:農民が選抜した品種。強い花香(ジャスミン、新鮮な花の香り)とやや渋みのあるコク。

「埔中奇種」から「松柏長青」へ:政治によるブランド力

命名の背景には、政治的影響力があります。1975年以前、この地の茶は「埔中茶」「埔中奇種」「松柏坑烏龍茶」と呼ばれ、知名度は限定的でした。

蔣経国氏による命名は、「長青」という永続性を象徴する言葉を与え、政治的な後ろ盾と強いブランドイメージを確立しました。これにより、農家の団結と消費者の信頼が生まれ、茶産地としての地位が確立されたのです。


驚異的な産業規模:台湾生産の40%を担う茶王国

現在の栽培面積は2,500ヘクタール、年間生産量は8,000トン。台湾全体の40%以上を占め、「台湾最大の茶産地」となっています。

文山包種、凍頂、阿里山など有名産地は多いものの、単一地域でこれほどのシェアを持つのは松柏長青だけです。しかも、量産であっても品質を維持している点は特筆されます。


調達天国としての市場ポジション:B2B成功モデル

「台湾茶葉の調達天国」という呼び名は、松柏長青茶の市場的役割を端的に表しています。高山茶が消費者向けブランドなのに対し、松柏長青は主にB2B供給を担っています。

大規模に茶商やティードリンク業界へ供給し、台湾の茶市場全体を支える基盤となっています。


価格戦略:現実的で親しみやすい設定

松柏長青茶は1斤約1,000元。数千元する高級高山茶に比べれば手頃でありながら、品質と利益を両立しています。

これにより幅広い消費者層に届き、茶商にとってもコスト効率の良い原料茶となり、「親しみやすさと品質」を兼ね備えた立場を確立しました。


結論:静かな巨人の産業知恵

松柏長青茶の物語は、高山茶だけが輝くわけではないことを示しています。現実的な経営と合理的な戦略、産業基盤への投資が、台湾茶業に新たな可能性を開いたのです。

総統の命名から、台湾生産量の40%を担う茶王国へ。松柏長青は「安定した品質・合理的な価格・十分な供給」で、台湾茶の不可欠な支柱となっています。

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